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2007-12-16(Sun)

大きな「共通知識」は重要な気がするよ。

| 23:47 | 大きな「共通知識」は重要な気がするよ。 - 浅倉卓司@blog風味? を含むブックマーク 大きな「共通知識」は重要な気がするよ。 - 浅倉卓司@blog風味? のブックマークコメント

 おそらく濱野さんの連載

  1. 「同期」は大きな「共通知識」を生成する
  2. 大きな「共通知識」は重要である
  3. ゆえに「同期」は重要である

――という流れなのでしょう(おそらくこれは次回説明されるはず)。

 このうち『大きな「共通知識」は重要だ』という点には同意しています。

(違ったら――単に僕が『大きな「共通知識」は重要だ』って主張してるだけですな)


 僕は「同期」が重要になるのは「即時性」が求められるときだと思っていて、もし「(大きな)共通知識」に「即時性」が必要なのだとしたら、「同期が重要である」という点も同意できると思います。

 ですが、「共通知識」に「即時性」が必要かどうかは(その「共通知識」を必要とする)「共同体」の性質によるし、また「即時性」が必要とされる「共同体」はそれほど多くないと思っています。

(せいぜい1週間から1ヶ月程度のうちに共有されれば充分なように感じています)


 現在のネットは小さな「共通知識」による「共同体」の集合なので、今後はより大きな「共通知識」(による「共同体」)が重要になってくる――というのは、なんとなくそんな気はします。

 濱野さんの主張がこの点にあるのだとすれば、もうちょっと掘り下げて欲しいところです*1

*1:今のところ「大きな共通知識」が重要であるという理由を分かりやすく説明できそうにないので。

2007-12-15(Sat)

それは「同期」でなくても実現するのではないでしょうか。

| 16:12 | それは「同期」でなくても実現するのではないでしょうか。 - 浅倉卓司@blog風味? を含むブックマーク それは「同期」でなくても実現するのではないでしょうか。 - 浅倉卓司@blog風味? のブックマークコメント

 WiredVisionの記事を読みました。僕が書いたのは注記で書かれている「経済学的理由」ですね。

 それだけが理由で「同期的であることが共通知識を生んでいるわけではない」と思っているわけではありません。


 例えば、ニコニコ動画の「時報」が、

  1. 「あるタイミングで全ユーザーに特定の映像が流れる」ことを告知し、適当なタイミングで「時報」を流す。
  2. 全くなんの説明をせずに、全ユーザーに「時報」を流す

であった場合に、前者は「共通知識」を生むが後者は生まないのではないでしょうか。

 つまり「全ユーザーに同じ映像が流れる」という「共通知識」をもっているのが「共通知識」を生む条件なのであって、「同期」は関係ないのではないか、というのが僕の疑問。

(「みんなが見ているはず」=「公的情報」である条件は経済学的な希少性なり社会学的な説明なりがあるでしょうけれど、その説明と「同期」は関係ないのではないのか、という疑問です)


 「みんなが見ているはず」という「共通知識」があるのなら(同期か非同期かには関係なく)「共通知識」が生み出されるというのは、前述の1.もそうですし、例えば「Yahoo! Japanを見ると1度は特定のページが表示される」という広告があったとすれば*1、それは「共通知識」を生み出すはずです。

 だとすれば重要なのは「同期」ではなく「強制」「割り込み」なんじゃないか――というのがもう1つの疑問です。


 これらの疑問に対する説明はなかったと思いますので、もし「同期」が「共通知識」を生むというのであれば、そのあたりの説明を期待します。

(もしどこかで書いていて、読み飛ばしていたのならすみません)


* * *


 「何もかもがすべて非同期へと移行することはおそらくない」とは僕も思いますが、「同期」はやはり傍流だと思いますし、「同期」が本領を発揮するのはマスとしての「共通知識」ではないと思うんですよね。前述のようにマスとしての「共通知識」は他の手法で提供できるから。

 「同期」が必要になるのはおそらく「即時性」が求められる時でしょう。

 まあ、このあたりについては次回の連載で書かれるようですので、期待しています。


* * *


 同期/非同期かよりは連続/離散(あるいは有時間/無時間、実時間/虚時間)という、時間消費に関するメディアの違いのほうが大きいんじゃないか、というのが僕の持論。

 音声メディアや動画などのような連続(あるいは有時間、実時間、聴覚)メディア*2はすべての人が同じ時間を消費するのに対し、文章や画像といった離散(あるいは無時間、虚時間、視覚)メディアは人によって時間の消費量が違う。

 したがって連続メディアのほうが使う時間を強制するために共通化には強力作用するであろう――場合によっては時間を共有したという錯覚を起こすこともあるだろう――という気はします。

*1:一時期「サイトジャック」として流行っていた気がします。

*2:という用語が正しいのかは知らない。研究者的にはなんて読んでいるんだろう?

2007-12-13(Thu)

それでも「同期型」であることが「共通知識」を形成する条件ではないと思うのです。

| 23:35 |  それでも「同期型」であることが「共通知識」を形成する条件ではないと思うのです。 - 浅倉卓司@blog風味? を含むブックマーク  それでも「同期型」であることが「共通知識」を形成する条件ではないと思うのです。 - 浅倉卓司@blog風味? のブックマークコメント

http://d.hatena.ne.jp/shamano/20071212/1197536259

 「同期的」と「双方向的」についての定義については了解しました。

(ちなみに僕は「同時的」と呼んでいました)

 しかしその場合でもやはり「同期性」が「共通知識」を形成するという指摘には疑問があるのです。


 前の記事を書いた後に思ったのは、「単に選択肢がない(少ない)から共通知識を生んでいるのでは?」ということです。

 テレビはチャンネル数が限られていますし、ニコニコ動画の「時報」においては1つしか選択肢がない。そのことこそが「共通知識」を形成しているのであって、同期的であることは基本的には関係ないように思うのです。

 例えば同期的でない「新聞」でも「共通知識」は形成されます。これは「同期的」よりも「選択肢の少なさ」が「共通知識」を形成している証左のひとつになるのではないでしょうか。

(そしてこれが「公的情報」が「共通知識」を生成する理由でもあると思います)

 あるいは録画したテレビ番組を見ることで形成された「共通知識」は「同期的」と言えるのか、という点も疑問として残ります*1

(追記:このあたりについてはWiredVisionの連載で書かれていましたね。それを読んでのコメント


* * *


 それはそれとして。

 僕がずっと「興味のない」情報を知ることにこだわっていたのは*2、それが大きな「共通知識」を生成する方法(のひとつ)だと確信しているからなのだということに、今更ながら気付きました。

 ma.laさんが「あらゆる情報を読む」ことにこだわっているのも、ひょっとしたら同じ理由かもしれません。

(方向性は真逆ではあるけれど)


 また、おそらく「共通知識」なくしては「コミュニティ」は成立しない*3ため、「共通知識」が薄くなったネット(あるいは現代)ではコミュニティがどう変質したのか(あるいはしていないのか)が気になるところ。

 「選択」による「共通知識」という立場からすると、例えば特定の(アルファ)ブロガーの読み手はそれが「共通知識」として成立するために「コミュニティ」が成り立つのではないか、とかね。

*1:録画した時点が同時なら「同期的」であるという主張なのかもしれませんけれど。あるいは再放送(リピート放送)についてどう定義しているのかは気になるところ。

*2:ここにある一番古いのはこれだけど、もっと前(2000年くらいだったかな)から気にしてた。

*3:という論文が発表されてるでしょう。知らないけど。

2007-12-10(Mon)

テレビは同期型ではないと思うのですけれど。

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 濱野さんの記事は僕の興味に近いのもあって楽しく読んでいるのですが、「同期性考察編」については疑問がありましたのでここにメモしておきます。


 「同期性考察(3)」およびその補足でテレビを「同期型」としていますが、テレビは非同期メディアでしょう。テレビ局側は「相手がテレビを見ている」ことを確認できないのですから。同期型であるからには(電話の例でも書かれていたように)相手に伝わったことを確認できる必要があるはずです。

 そして非同期であるテレビが「共通知識」を生み出すことができるのはその後の「公的情報」の説明の通りです。これはテレビに限ったことではなくて新聞なども含んだマスメディア(あるいはマスコミ)全体にあてはまる話です。


 しかしそれでもテレビやニコニコ動画の「時報」が強力であるという主張には説得力があるように思えます。

 これはそれらが「受動的」なメディアだからである――つまり、積極的に見ようとしなくても目に入る(耳に入る)ためにより共通知識が生み出されやすい――と考えたほうが整合的ではないでしょうか。

 ついでに書くと、音声(聴覚)メディアのほうが文字(視覚)メディアに比べて受動的になりやすいという点も考慮すべきかもしれません――したがって同期/非同期という対比ではなく、連続(アナログ)/離散(デジタル)という比較のほうが適切なようにも思います。

(追記:「受動的」であることよりも「選択肢がない(少ない)」ことが重要のような気がします)


 このあたりについては

ただし、この仮説は論争的な議論の広がりを持っていますので、次回に稿を改めて論じたいと思います。

とのことですので、そのうち解説されるのかもしれませんけれど。


* * *


 それはそれとして。

 同期的なもの――電話とか会議とか――は他人の時間を奪う(自分の時間を奪われる)という点が問題で*1、それを回避するための非同期がようやく実用的になってきたのが21世紀に入ってからのような気がしています。今はまだ同期的な部分が多くて、今後はもっといろんなモノが非同期化されていくんじゃないのかな、というのが僕の予想。

 だから同期的なモノに対しては基本的には否定的です*2


 それでも即時性が必要な場合は同期的なほうが効率的ですから、そのために「他人の時間を奪わない(自分の時間が奪われない)」同期システムを作る必要があるだろうな――と思っているのですが、残念ながらそういう話を見かけたことがありません。

 逆パーソナライズ――例えば自分の興味のない情報についていろいろ教えてくれるもの――も重要だと思うのだけれど、見かける記事はパーソナライズのことばっかりだしね。マス広告が効果を発揮するのは興味のないモノに対してだと思うんだけどなあ。

*1:メールに即時返信を要求したり、あるいは会議が大好きな人というのは、相手の時間を奪う(束縛する)ことによって自分の価値を高めようとしてるんじゃないかと思う。

*2LingrとかSecondLifeとか。

2007-12-05(Wed)

botしかいないMMORPGってないのかな。

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 あったら遊ぶのに。

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