Hatena::Groupasakura

浅倉卓司@blog風味? このページをアンテナに追加 RSSフィード

Error : RSSが取得できませんでした。

2011-09-30(Fri)

電子書籍はB級野菜か?

| 電子書籍はB級野菜か? - 浅倉卓司@blog風味? を含むブックマーク 電子書籍はB級野菜か? - 浅倉卓司@blog風味? のブックマークコメント

  • B級野菜ってなんで普通に売らないんだろ?
    • 売れないからでしょ
  • 自分なら買うのに。料理したら一緒だし
    • じゃあ、普通の野菜とB級野菜が同じ値段で売られてたらどっちを買う?

――という感じの話があって、「これは電子書籍も同じだなぁ」とか思ったのでした。


 「普通の野菜」と「B級野菜」は「料理すれば一緒」だと言いつつ実際には「普通の野菜」を選ぶし、「紙の書籍」と「電子書籍」も「内容は一緒」だと言いつつ実際には「紙の書籍」を選ぶわけですよ。あるいは「B級野菜」も「電子書籍」も「安くしろ」と言われるわけです――作る手間そのものは「普通の野菜」「紙の書籍」と同じであるにも関わらず。


 「今後は電子書籍が主流になって紙の本はなくなる(少数派になる)」という主張をする方々は「だから値段は現在の書籍と同じであるべき」と言うべきだと思うんですけどね。現在電子書籍を安く売れるのは「紙の書籍」のオコボレだからであって(これはB級野菜も同じ)、「紙の書籍」がなくなれば当然オコボレにはあずかれなくなるわけですから。

 逆に、ずっと安価であるべき(=オコボレでいい)のであれば「紙の書籍は今後も沢山売れ続けるよ!」と主張すべきじゃないですかね?


追記(2011-10-03)

c-yan

電子書籍も作るコストは同じかもしれませんけど、再販制に従って在庫が戻ってくる恐れがゼロなので、原価は違うと思うんですけど

 再販制だから返本があるわけではありません(委託販売でないものもあります)。また戻って来た在庫は破棄されるのではなく、再び別の場所で販売されます。

 とはいえ1割程度は安くなる可能性は否定しません(が、1割程度安くなって納得する人が少ないのは「B級野菜」だと思われているからでは?)。


b:id:ks1234_1234 [電子書籍, 出版]「ずっと安価であるべき(=オコボレでいい)のであれば「紙の書籍は今後も沢山売れ続けるよ!」と主張すべきじゃないですかね?」そですなあ。私は電子書籍がどうあろうとも もともと紙の本に変化はない派。 [2011/10/02]

 そうですね。電子辞書がこれだけ普及してるのに、まだ紙の辞書が売れてるわけですし。

(真っ先になくなる可能性が高いのは辞書や地図だと思うのですが、それらがなくなっていない現実を無視している人が多いのは不思議です)


b:id:ululun 野菜にランク(此処で言うB級)があるのは味・形・品質にばらつきが出るから。電子書籍も野菜のように20ページ欠けてますとか、全ページモノクロですとかいう品質に差が出るのなら、この主張は正しい。 [2011/10/02]

 前提にあるB級野菜の話はもともと「見た目(形)」の話でした(だから「料理をしたら一緒」という話になった)。が、ululunさんは「見た目(形)」が違ってたら「低品質である」と思っているわけですよね? 味や栄養価が同じであるにも関わらず。

 同様に「電子書籍」も「内容は同じ」と言いつつも本音では「低品質だ」と思っている人が多いんじゃないのかな? という気はします。

(「電子書籍」を「安くしろ」という主張が多いのは「低品質だ」と思っているからでしょ、と)


b:id:usukeimada [出版] ん、そもそも電子書籍は紙の書籍の「劣化版」ではないのでは? [2011/10/02]

 前述のように本音では電子書籍は紙の書籍の「劣化版」だと思っている人が多いんじゃないの? と思います。

c-yanc-yan2011/10/01 09:31電子書籍も作るコストは同じかもしれませんけど、再販制に従って在庫が戻ってくる恐れがゼロなので、原価は違うと思うんですけど

トラックバック - http://asakura.g.hatena.ne.jp/asakura-t/20110930

2011-09-23(Fri)

「いつでもどこでも見れる」のは正しいのか?

| 「いつでもどこでも見れる」のは正しいのか? - 浅倉卓司@blog風味? を含むブックマーク 「いつでもどこでも見れる」のは正しいのか? - 浅倉卓司@blog風味? のブックマークコメント

 ――基本的には「いつでもどこでも買えるのは正しいのか?」で書いたことと同じなのですが、映像(放送)に関する補足を少し。


 例えば『天空の城ラピュタ』をわざわざテレビ放送で見るのは前に書いた「見れる時が限定されているから」という理由の他に、「他の人も見てるから」という「同時性・共通知識」を共有したいという理由があります。

 同時性・共通知識については2007年末~2008年頃に色々書きましたが*1、当時の読みでは「いまさら同時性なんてかったるいよ」という方向に行くものと思っていたのですが、なんだかんだで同時的な――言い換えるとマツリ的な需要が当時より強くなっているような気もします。

(だからこそUstやニコ生でアニメ流せよ的な意見が増えてるのでしょう)


 また「見逃した番組を見たい」という欲求も、「テレビ放送があって」「それが話題になっているから」という理由で望まれているわけです*2。これは要するに「テレビ放送」の価値に依存して「ネット配信」が望まれているのですから、よくありがちな「放送なんて価値がない」だとか「配信が主流になって放送なんてなくなる」というのは的外れなように思うのです。


 それでは日本版huluや月額バンダイチャンネルの価値は何かと言うと「いつでもどこでも見れる」よりも「安く手軽に連続ドラマを見れる」という部分だと思います。要するに「連続ドラマ」はレンタルで見ると巻数が結構お金もかかるし、気になった続きを借りるのに時間がかかる――といった点の解消だと思うんですよ。映画ならレンタルで借りたほうが安いですし、急にある作品を見たくなったとしても単体で配信を購入した方が安いですから。

 ちなみに僕は月額バンダイチャンネルに入ったのですが、理由は『ノエイン』を全話見ると月額に入った方が安いから、でした。1クールものならセットで1000円しないので、入会しなかったと思います。

(なので今月中に解約しようかな~とか思っていたのですが、『ウルフズレイン』が来月月額で見れるようになるので保留中)

*1#1 #2 #3 #4 #5 #6 #7

*2:これはつまり「共通知識」としてテレビ放送(マスメディア)が求められているということです。

トラックバック - http://asakura.g.hatena.ne.jp/asakura-t/20110923

2011-09-15(Thu)

読者とユーザーの違いからいろいろ考えた

|  読者とユーザーの違いからいろいろ考えた - 浅倉卓司@blog風味? を含むブックマーク  読者とユーザーの違いからいろいろ考えた - 浅倉卓司@blog風味? のブックマークコメント

 「岩本・植村・沢辺の電子書籍放談」を読んで引っかかったのが「読者とユーザーの違い」というところ:

植村 話が変わるけど、僕が最近思ったのは読者とユーザーは別だということ。読者というのは、著者と流通と小売が生む価値にお金を出してくれる人。ユーザーというのは、SNSとかブログとか携帯小説とか、フリーで動くところにいる人。読者とユーザーというのは属性で、僕らはユーザーになる時も読者になる時もある。そういうもの。

僕はこれまで何となく、出版社はユーザーまで手が届くと思っていた。でも、最近は届かないんだなって思ってる。届ける理由もないかもしれない。僕らは信頼性があって価値のあるものを読者まで届けるだけ。

ユーザーがいるところで成立する著作権の仕組みは、例えばクリエイティブコモンズみたいな世界だと思うの。みなさん、大いに読んでください、という仕組み。

繰り返しになるけど、僕らはある時は読者になるし、ある時はユーザーになっているけど、ユーザーという読者と比べるとはるかに巨大な存在に向かって出版社の手が届くと思うのは、幻想なんじゃないのかなと思う。僕らはお金を払う読者のいる場所でやればいいんだよ。ユーザーの世界がどんどん出来上がっていて、僕らは色気を出しているけどね。

ユーザーは消費するだけなんですよ。読者はちゃんと作品に対して対価を払って感動したり、味わってくれたりする。

沢辺 エリック・クラプトンが来日したら、コンサートに来てくれる人ね。

植村 そうそう。そこの場に行くことに対してちゃんと価値を払ってくれる人ね。だけど、それは別の人間としているんじゃなくて、1人の人間が、ある時はリスナー、ある時はユーザーになるんだよね。別にユーザーを下に見ているわけじゃないよ。そうじゃなくて、ソーシャルという世界観を新たにつくってくれた人たちだと思う。でも今のモデルは読者までしか見てなくて、ユーザーに対して色気を見せても意味がないかな。最近そう思っているんだ。

逆に言うと、ユーザーは放っておいたらユーザーのままで、決して読者には上がってこない。だから、魔法のiらんどの携帯小説の読者たちは、読者として育たなかった。僕らはソーシャルなコンテンツを利用することの良さやコミュニケーションの価値に気付いたけど、それとこれはちょっと別かなって。

やっぱりちゃんと手続きをやる著述業が一方にないといけない。すべてが広告モデルにいっていいとは思わない。

岩本 植村さんの見立ては正しくて、ユーザーのほうが数としては圧倒的に多い。でも、出版社は読者のいる場所でビジネスを成り立たせてきたんです。ところが、いまIT産業から提案される「プラットフォーム」というのは、「買ってくれなくてもいい。自分たちを利用して、利用料を払ってくれればいい」というものだよ。

植村 彼らはユーザーの世界でつくり上げたものを、読者の世界に落とし込んでビジネスにしようとしている。ユーザーには無料で使わせる仕組みね。それをされると、ものをつくり上げる仕組みが弱っていくんじゃないかな、という懸念はある。

岩本 ユーザーの世界で商売をしている人たちは、アクセス数だとか、そういうことを言うわけですよ。

岩本・植村・沢辺の電子書籍放談 | ポット出版

 気になったので、「読者とユーザーの違い」を意識していそうな方に意見を求めてみたところ、

――とのことでした。

(その節はありがとうございました)


 このあたりを基点にして「読者(視聴者・プレイヤー)」と「ユーザー(利用者)」についてちょっと考えてみたいと思います。


そもそも「著作物の利用」とは何か

 僕が「ユーザー(利用者)」という単語に引っかかったのは「著作物を利用する」のと「著作物を読む(見る・プレイする)」のは全くの別物だと思ったからです――例えば「本を読む」「映像を見る」「ゲームをプレイする」のと「本を使う」「映像を使う」「ゲームを使う」のとでは、言葉の意味が全く違うでしょう?


 「著作物を利用する」という事が何を意味するかを改めて考えてみると、例えば「作品をもとに本を出版する」「作品を元に映像作品を作る」「作品をもとにグッズを作る」ことなんじゃないかなと。これなら確かに「利用してる(使っている)」印象があります。

 要するに「最終成果物を作る(そしてそれを消費者に提供する)」のが「著作物を利用する」ってことでしょう。

(したがって「二次創作をする」のは「著作物を使っている」のであり、正しく「ユーザー」のような気がします)


 そういう意味では「著作物を利用」していないにも関わらず消費者が「利用者(ユーザー)」と名乗るのはおかしい気がする――のですが、実際には「ユーザー(利用者)」という言葉は違和感なく使われている*1。そこが不思議だと思ったわけです。


「ユーザー」が利用しているのは何か

 それではなぜ消費者は「ユーザー」と名乗るのか。

 1つは

――であり「グッズは使うもの」だから、というのはありそうです。

(そしてそうだとすれば、「電子書籍」に対して「ユーザー」を名乗る人が多いのは、市場が未成熟であり電子書籍に価値をあまり見出していないのではないか、という気がします)


 もう1つは

岩本(略)ところが、いまIT産業から提案される「プラットフォーム」というのは、「買ってくれなくてもいい。自分たちを利用して、利用料を払ってくれればいい」というものだよ。

――というもので、つまりは「著作物を利用」しているのではなく「サービスを利用」しているから「ユーザー」を名乗っているんじゃないかな。

 この時の価値判断としては「サービス>著作物」なのであって、「著作物の価値は低い=お金を払いたくない」と思っている可能性は高い(だからこそサービス提供者にクレームを付けるべきところを著作物提供者にクレームを付けたりする)。


 いずれにしても「読者(視聴者・プレイヤー)」に比べて「ユーザー」が「著作物に価値を感じていない」のは間違いなくて、であるなら「(価値を感じている)読者に向けて提供している人」と「(価値を感じていない)ユーザー」の話がかみ合わないのは当たり前のような気がします。

 そう考えると

植村(略)僕はこれまで何となく、出版社はユーザーまで手が届くと思っていた。でも、最近は届かないんだなって思ってる。届ける理由もないかもしれない。僕らは信頼性があって価値のあるものを読者まで届けるだけ。

――という判断は、実に正しいことじゃないでしょうか。

 少なくとも出版社が「ユーザー」向けに提供する必要はないように思います(少なくとも筋は悪い)。


期待すべきは「有能なサービス提供者」

 こういう話を書くと「ユーザー」は当然のように文句を言ったりするのですが、ユーザーが文句を言うべきは「サービス提供者」でしょう。

 サービス提供者が著作物を引っ張ってこれないのは、単に相手が納得するだけのお金を払えないからです。実際、お金さえきちんと払えば引っ張ってこれます。

 現状では無能なサービス提供者がお金を払えないだけであることをきっちり認識して、「ユーザー」は「サービス提供者」に「きっちり金払って著作物を引っ張ってこいや!」と文句を言うべきじゃないでしょうか。

(なお、お金を払わずに強奪してくるのは単なる泥棒なので、やっぱり無能だと思います)


ソフトハウスがDSを選ぶように、出版社は紙媒体を選ぶ(2011-09-16追記)

 プラットフォームの選択という意味では、ソフトハウスがDS/PSP/Wii/PS3/XBOX360(あるいは他のプラットフォーム)のどれかを選ぶのと同様に、出版社にも選択権があるわけですよ。

 出版社としては紙媒体が鉄板で、儲かりそうなら他媒体もリリースする――これはゲームでも同じでしょ? 単に儲かりそうにないから紙以外のプラットフォームを選ばないだけ。儲かりそうならマルチ展開もする。

 ゲームと違って紙媒体の強さは圧倒的で「紙媒体じゃなくてプラットフォームで出せ」っていうのは「DSじゃなくてプレイディア*2で出せ」って言うようなもんでしょ。少なくともワンダースワンやPC-FXよりも条件が悪そうです。


 あるいは「出版社でプラットフォームをやれよ」ってのはソフトハウスに「新しいハード出せよ」と言うようなものですよ。ソフトハウスの独自ハードは滅多になくてアクアプラスの「P/ECE」くらいじゃないですかね?(知ってる範囲では。他は元々ハードもやってるトコだった気がする)

 餅は餅屋であって、出版社はプラットフォームに手を出すよりも本業を充実させ、プラットフォームを見定めてリリースするのがいいんじゃないですかね。

*1:ちなみに自分も無意識に使い分けています。

*2:あるいはピピン@でもいいけど。

トラックバック - http://asakura.g.hatena.ne.jp/asakura-t/20110915

2011-09-10(Sat)

電子書籍に関する最近の雑感

|  電子書籍に関する最近の雑感 - 浅倉卓司@blog風味? を含むブックマーク  電子書籍に関する最近の雑感 - 浅倉卓司@blog風味? のブックマークコメント

 先日「岩本・植村・沢辺の電子書籍放談」という記事を読んだのですが、大変面白くて色々思う事があったので、それらについてメモしておきます。抜けてる点があったらあとで書き足すかもしれません。

(元記事に書かれていることもあれば関係ない部分もありますが、基本的には「僕が思ってること」です)



需要について

  • 電子で書籍を読む人たちは本当に多いのか? ニーズは本当に大きいのか?
  • 今はたまたまデバイスを入手した人などが自慢するために(あるいは使い途を探して)電子書籍を含む各種コンテンツを探してるだけではないのか。
    • ゆえに本当に必要があるわけではないので、コンテンツにお金を払いたくないと思ってるフシがある。
    • もちろん、ごく一部には本当に欲しいと思っている人もいる。

ジャンルについて

  • 電子書籍には向き不向きがあるのではないか。
  • 辞書など「調べるもの」は電子版がいい。ランダムアクセスだから。
    • 地図、辞書、時刻表など。そしてこれらは既に電子化されてて市場が確立している。
  • 文芸など「楽しむもの」は紙媒体でいい。シンケーシャルアクセスだから。
    • 需要があるなら電子版を出してもいい。例えは携帯コミックは市場が確立している。
  • 実用書など「学ぶもの」は紙と電子版がセットなのがいいかもしれない。
    • 最初はシーケンシャルに読んで、読み返す時はランダムアクセスだから。
  • 「学ぶもの」で図表が重要なものは、当然レイアウトも重要になる。
    • ゆえにリフローは向かない可能性が高い。電子書籍よりアプリ系に向いてるのではないか。
    • 「学ぶもの」でもレイアウトのない新書等はアリ。この領域はマーキングやメモ機能等が重要になりそう。

レンタルについて

  • 米国にはCDレンタルがないけど、日本にはCDレンタルがある。だから米国ではiCloudにOKが出せたけど、日本ではOKが出せないのではないか。
  • 「CDレンタル廃止にしたらiCloudをOKにするよ」と言われて今からCDレンタル廃止できるのか?
    • 音楽業界的にはレンタル廃止でも困らない気はする。TSUTAYAやGEOなどは困るので、当然反対するだろうけど。
    • CDレンタルのほうが安価に音楽を入手できるため、CDレンタルとiCloudのどちらを選ぶか聞かれたらCDレンタルを選ぶ人ほうが多いのでは?

マルチメディアについて

  • 出版社は「1000万円も」かけてマルチメディアな電子書籍コンテンツを作るけれど、(マルチメディアな)ゲームは何倍もかけて作ってる。
    • 出版はそもそもコストが小さいところで廻している業態なので、コストをかける必要があるマルチメディアはそもそも向いていないのでは?

編集について

  • 編集はブランド、カラー、イメージ。
  • キュレーションって編集じゃないの? あるいはプロデュース。
    • わざわざ新しい単語を作る意味ってないんじゃね? バズワードを持ち出すやつはあまり信用しない。
  • ちなみに僕は2004年2005年くらいに「これからはネット編集の時代だよね」的な事を書いていた。
  • 編集(あるいは出版)は、「面白くて価値があるもの」を他人に提示すること。
  • 制限があるからこそできる表現もある。
    • 小説をマルチメディア化するのであれば、最初から映像作品を作ればいいじゃない、的な。
    • デジタル=リッチ化じゃないよ。例えば携帯小説は文字だけだ。

マネタイズやビジネスモデルについて

  • お金をもらうのは難しい。
  • 携帯小説やネットにある文章でお金をもらおうとすると紙の本にして売るという既存のビジネスモデルを使うしかない。
    • 逆に、電子書籍がビジネスとして廻っていれば参入するはず。実際、携帯コミックはそうなっている。
  • ビジネスモデルを新しく作るのはすごく大変。
  • 無料で提供し続けるのは本当にいいのか分からない。
  • どのようにして利用を円滑にするか。
  • 「電子書籍」の定義に「有料パッケージであること」を入れた方がいいのではないか。

雑誌について

  • 雑誌は知りたくないものも教えてくれる。検索(あるいはネット)でそれは難しい。
  • 知識体系を知るのはネットより本(雑誌、書籍)のほうが向いているかも?
    • ネットでは知識の体系より情報の断片が重視されている(あるいはそれしか見えない)。
  • そういや雑誌はコミュニティを形成してたはずだけど、現状どうなっているんだろう?

読者とユーザーの違いについて

  • 本(著作物)を「読む(読者)」のか「利用する(ユーザー)」のか。
  • 本(著作物)の「利用」とは、本来的には「出版する」とか、あるいは「映像化」などの二次利用だったはず。
    • 配信なら「配信元」が利用者になるはず。
  • 電子書籍では読者が「ユーザー(利用者)」を名乗るようになったりしてる。そこに齟齬があるのではないか。
    • 「読む」のは基本的には自由だけど、「利用する」のは制限があって当たり前だから。
    • また「読者」に比べて「ユーザー」は本(著作物)に価値を感じていないように見える(だから対価を払おうとしない)。
  • 図書館は「利用してる」わけだけど、それをさらに他者に提供するあたりに齟齬がありそう。
    • 最近の図書館は図書館の本質を忘れているのでは? 的な。少なくとも「ベストセラーを読ませる」のは違う(無料貸本屋ではいけないはず)。
トラックバック - http://asakura.g.hatena.ne.jp/asakura-t/20110910
2004 | 01 | 02 | 03 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 02 | 03 | 04 | 06 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 02 | 03 | 04 | 05 | 07 | 08 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 05 | 07 |
2014 | 01 | 02 |
2016 | 01 |
2017 | 01 | 05 |